ドイツ軍の装備・被服の参考

はじめに

本大会に参加する全ての方は必ず以下項目を全て熟読と理解の程宜しくお願い致します。
各規定は事前の予告なく変更される場合があります予めご了承ください。

被服、装備品等についての参考ページです。
あくまでイメージとして、参考画像です。
ご存知の方も多いと思いますが、被服や装備品にはさまざまなバリエーションや改良などが存在していますし、それらをすべて紹介するのは困難です。
私や友人の所有する物の中で、比較的イメージして頂きたい物だけを載せています。
形状や色等が違うようなので「使用できるかどうかわからない」と思われる物は事前にご相談下さいますようお願い致します。
また、ここに載せた全てを用意する必要はありません。あくまで参考であり、レギュレーションの範囲内であればOKです。
また、名称等は「日本で良く聞く呼び方」を選んでいるつもりです。
「あれが紹介してない」「これは間違い」などのご意見がございましたら、教えて頂けると大変助かります。
また、装備写真などを頂けるのも助かります。

なお「オストフロント1944 ~グナイゼナウラインの攻防」のレギュレーションを決定するにあたり、1944年春のクリミア戦における一般的な陸軍歩兵のスタイルに併せ、統一させていただきました。
その他の「実際に写真に登場しているアイテム」等もありますが、当イベントではより嘘が少なく、当時に充分有り得た光景の再現、部隊編成を目指し、このようなレギュレーションを設定させていただきました。
どうか、御理解の上、ご協力下されば嬉しく思います。

最後に、画像提供及びレギュレーション設定にご協力、ご尽力いただきましたSTEINER氏、Köpke氏、pohi氏、Vogel氏に厚く御礼申し上げます。

2018.09/14
関西ヒストリカルイベント運営事務局

 


ドイツ陸軍 歩兵 装備参考

ヘッドギア

「Stahlhelm:スタールヘルム」(鉄ヘルメット):35年型、40年型、42年型全て可

ドイツ軍の代名詞的なデザインのヘルメットです。
16,18年型等の所謂「一次戦型」は使用不可。
他国、戦後類似は要相談
(カバーなしで着用して違和感がないものであれば原則OKですが要相談)
★ネット、金網等の偽装は当時使用されていた形状、材質を考慮するならば可。ヘルメット迷彩カバーについてはツェルトバーンを改造(潰して)作った物であれば可。
塗装について。各型ブラックグリーン推奨ですが35、40年型ではフィールドグレー、また35年型ではアップルグリーンも可
★1943年頃から見られた迷彩塗装や、その以前から多用された泥による迷彩も可
戦闘時は全ての階級で必ず着用する事。


「Stahlhelm35:35年型ヘルメット」
1935年に採用され、WW2全期間を通じて使用されたヘルメット。
通気孔は別パーツを使用している。
当初アップルグリーンに塗装されていたが、1940年以降艶消しフィールドグレーに塗装された。
当初は右側面に3色の国家色デカールが転写されていたが1940年3月以降は廃止。
同日、左側面に国家鷲章(軍種)デカールが採用された為、それまでの右側3色デカールを残したまま、で両側にデカールのあるヘルメットが生まれた。
デカールについてはダブル、右側鷲章のみ。無し全て可。
※写真はアップルグリーン塗装ダブルデカール。

「Stahlhelm40:40年型ヘルメット」
1940年に採用された中期型のヘルメット。
通気孔が簡略化され本体と一体型に。
1940年からヘルメットの塗装はブラックグリーンとなったが、実際にはフィールドグレー塗装の中期型も存在する。
当イベントでは右側鷲章のみ推奨、ダブルデカール可。
※写真はブラックグリーン塗装、ダブルデカール。

「Stahlhelm42:42年型ヘルメット」
1942年に採用された後期型のヘルメット。塗装はブラックグリーン。
縁の折り返しが無くなり、外側にリブを残す事で補強されている。
通気孔はM40型同様の一体型。 写真は左側の軍種鷲章が付いているが、当イベントでは無しを推奨、右側鷲章のみ可。

「偽装網の一例」
前線ではこのような偽装網(通称・スパゲティネット)の他、金網や雑嚢ストラップを使用して草木を挟むなど、様々な偽装が行われました。

「feldmutze:フェルドミュッツェ」(野戦帽)

本イベントではEinheitsmütze(規格帽)・Feldmütze(野戦帽・舟形略帽)のいずれかを必須とします。
・兵科色線の無いもののみ可。
・休憩時を除き、無帽での行動を禁止する。
「Feldmutze 34:34年型野戦帽」
戦前、1934年に採用された野戦帽でその形状から日本では舟形帽、海外ではoverseas cap、garrison capなどとも呼ばれています。
国家鷲章、コカルデ章の他、当初は兵科を示すパイピング(ソータッシュ)機密保持の観点から42年以降は取り外すよう通達されました。
本イベントでは兵科パイピングの無い物のみ使用可。
「Feldmutze 42:42年型野戦帽」
34年型の改良型ですが、生産後回収され、野戦帽につばをつける42/43型野戦帽となるものもありました。
改良点は防寒性能の向上を目的として、折り返しのフラップが防寒用の耳あてとして使用できるようなった点です。
本イベントでは兵科パイピングの無い物のみ使用可。
「Einheitsfeldmutze 43:43年型規格帽」
規格帽は全兵種、SS問わず統一規格として、山岳帽を発端にM42型略帽に鍔を追加する形で採用されたもの、と考えています。
※実際に生産された規格帽は42年型野戦帽改造品(42/43野戦帽)とは形状が異なります。 その利便性から舟形略帽に替わり、後期には広く使用されました。
ウール製の物のみ使用可で、HBT等のコットン製は使用禁止です。
ウール製規格帽も通気孔の無い物を推奨、あるもの(初期生産型)のを可。※鍔付き42年型も可
また、迷彩帽はツェルトバーンを実際に改造(潰して)作った物のみ可とします。

被服

シャツ

「Hemd:ヘムト」(プルオーバーシャツ)
野戦服の下に着用するシャツ。
年代やバリエーションが多く存在する。
色はグレーやリードグリーンが多く、ニット製もしくは綿製、混紡等。
色や素材、胸ポケットの有無を問わず使用可
また当時一般に使用された私物シャツなども使用可。
「Feldbluse:フェルドブルゼ」(ジャケット・上着)
本イベントでは「36年型~43年型までのウール野戦服」を使用可としますが、40~42年型を推奨いたします。
ベルトフック及び内装サスペンダー(Tragegurte・42年型以降のタブ式含む)は必須です。 HBT夏季野戦服等のコットン製被服は使用不可。
カフタイトルや特定の師団、兵科を表す記章類は着用不可 ※ただし無線職種章等の職種章は可。
襟章の兵科は歩兵科(白)もしくは共通兵科(緑またはグレー)を着用する事。
肩章に関しては歩兵科の白パイピングとし、グレー地を推奨、濃緑地を可とする。
※襟章の兵科色は共通兵科(緑またはグレー)推奨、擲弾兵(歩兵)の白でも可)
下士官参加者は運営が指名し運営指定の下士官に関してはトレッセを縫い付けること。
戦功章類については各階級で持っていてもおかしくない程度の物に留める事。
基本勤続賞や戦功リボン程度に留めるのが望ましい。
シールド章については申込み時にどのような経歴で授与されたかを申告して頂き、内容を認めた場合のみ着用可

戦功章、勲章等はそれぞれがもつ意味合い、重みをしっかりと考えたうえでその階級において持っていてもおかしくないものに限ります。それぞれの勲章をつけている理由が答えられない物に関しては着用をお控えください。
「Feldbluse(1936):通称 M36(36年型)野戦服」
1936年に34年型野戦服をベースとして採用された、おそらく最も多くの方がイメージする「ドイツ軍」の軍服ではないでしょうか?
濃緑色の襟が特徴的ですが、後の40以降と比べて本体生地色味も青色が濃いように感じますが気のせいでしょうか?
40年に襟の色がグレーになって以降も改造で緑襟にしたりとかもあったようで、当のドイツ人にとってもイメージが強かったのかもしれません。
襟をグレーに改造された物を含めて終戦まで使用されております。
今回のイベントでは、内地から補充兵として送られてきた新兵等を想定する方にお勧めです。
国家鷲章については台座が緑の物を、肩章についてはグレーの物を推奨いたします。
「Feldbluse(1940):通称 M40(40年型)野戦服」
36年型野戦服の改良型で、1940年から次の41型採用までの間生産されました。
41年型の通達以降もしばらくは生産されていたそうで、広く大戦中使用されました。
大きな変更点は襟の色が濃緑から本体と同様のグレーになった事でしょう。
なお、ドイツ軍の野戦服の型式については便宜上の呼称で、基本的には44年型登場までの間はすべて「Feldbluse」であり、あくまで36年採用のFeldbluseの改良型であると考えています。
国家鷲章については台座が緑の物を、肩章についてはグレーの物を推奨いたします。
「Feldbluse(1941):通称 M41(41年型)野戦服」
40年型野戦服の更なる改良型で、ボタンが5個から6個に増えています。1941年から次の42型までの間生産されました。
変更理由は材質の劣化や伝統回帰、開襟での使用想定など複数説あるがはっきりとしていません
肩章についてはグレーの物を推奨。
「Feldbluse(1942):通称 M42(42年型)野戦服」
41年型野戦服の簡易生産型で、ポケットのプリーツが廃止され生地もレーヨンの混毛率が上がったものが多くなるようです。
また、内装サスペンダー(Tragegurte)が廃止され、代わりに布製のタブでベルトフックを吊るようになりました。
肩章についてはグレーの物を推奨。
「Feldbluse(1943):通称 M43(43年型)野戦服」
42年型野戦服の更なる簡易生産型で、ポケットのフラップが直線的になり生地も再生繊維の混毛率が更に上がった、低品質ものが多くなるようです。
今回の想定では、43型は当時の最新式であり広く部隊に届いていたとは考えにくいのが事実ですが、内地からの補充及び病院等から退院時に新しい被服を受け取るなどで存在していたことが考えられます。
国家鷲章については台座がグレーの物を、肩章についてもグレーの物として下さい。
※画像は下士官用です。
「Feldhose:フェルドホーゼ」(パンツ・トラウザーズ)
野戦ズボンは生産は上着と同様に行われていますが、損耗後の支給にはズレが生じて行きます。
上着の採用年代に合わせる必要は無く、下記2パターンのどれでも使用可とします。
※初期のストーングレイのタイプは使用不可

「Feldhose(1940)/Langhose:40年型ストレートホーゼ」()
1936年型のストーングレイ色ストレート型野戦パンツは、1940年頃から上着同様のフィールドグレイ色に変わります。
もっとも野戦服同様に様々な「フィールドグレイ」が存在しました。青色味みがかったものや、後期のフィールドグレーのものがあるが、どちらも使用可。
最初期のストーングレーの物は使用不可
「Feldhose(1943)/Keilhose:M43 43年型カイルホーゼ」(パンツ・トラウザーズ)
M43パンツとも呼ばれる、裾をカイル(楔)状にしぼられた野戦ズボン。 大戦後期に採用されました。
「Hosentrager:サスペンダー」
通常、ドイツ軍ではサスペンダーを使用して野戦ズボンを吊ります。
戦後品、他国代用品等使用可
「Mantel 36:36年型オーバーコート」
防寒衣服として野戦服の上から着用されました。
今回のイベントでは日中の行動のみの予定ですので必須ではありません。
また、写真が36年型のみで申し訳ありませんが、想定としては後の40年型(襟がグレーに変更)、42年型(襟の大型化、他)の使用を推奨致します。
「FeldSchuhe:フェルドシュー」(野戦靴)
開戦時はロングブーツが戦闘靴として規定されており、アンクルブーツは兵営、訓練等で使われていたようですが、1940年以降は序々に戦闘時の使用が増えます。

本イベントではアンクルブーツと脚絆の組み合わせを推奨、ロングブーツを可とします。
「Marschstiefel:通称 長靴・ロングブーツ・ジャックブーツ・マーチングブーツ等」
ヘルメット、M36服と併せてドイツ軍の代名詞的装備ですが、前線での使用は決して良いばかりでは無かったのでは無いかと考えます。
戦前に採用された丈の長い物から1939年以降、長さを短縮したものに替わります。
靴鋲鋲のある物を推奨致しますが、無い物をはじめ、革製(合皮含む)戦後品、代用品使用は可。ゴム長等著しく違うものは不可。
「Schnurschuhe & Gamaschen:通称 アンクルブーツ&レギンス」
大きく分類して37年型、44年型の2タイプとされていますが今回のイベントではどちらのタイプも使用できます。 鋲の無い物をはじめ、革製(合皮含む)代用品使用は可だが、著しく違うものは不可。
※アンクルブーツは戦闘時、必ずレギンスも合わせて装着する。
※レギンスについても著しく形の違うもの、Bundeswehrレギンスなどは使用不可

基本装備品(小銃手)

「Koppel & Koppelschlosser:ベルト & バックル」)
アルミの物と鉄のものが存在し、アルミには無塗装のものが存在するが鉄には存在しない。
また野戦用はアルミ鉄を問わず塗装された。
本イベントではアルミ、鉄問わず使用可能だがフェルドグラウへの塗装必須。塗装していないものは使用不可
本イベントでは陸軍用以外のSS、空軍・その他組織のものは使用不可。
「Seitengewehr98(SG98):銃剣」バヨネット)
グリップが木製の物とベークライトの物が存在する。
34年から37年までは木製グリップの物が その後44年まではベークライトグリップの物が生産されたがベークライトの不足のためその後再び木製グリップに切り替わった。
本イベントではグリップの木製、ベークライト問わずに使用可
「Patronentaschen:98k弾薬(アモ)ポーチ」
弾薬ポーチは小と大の2種類存在したが、小の30発入りポーチを使用。
弾薬数は一つのスペースに10発ずつ、弾薬ポーチ全体で30発、左右で60発。
なお弾薬と弾薬盒自体の重さを合わせると1kg以上になった。当初は陸軍空軍に関係なく茶革だったが39年の通達で染められた。
本イベントでは染めていないものは不可。
「Brotbeutel31:31年型パン袋(雑のう)」
31年に採用された雑のう。本来はドイツ語の名の通りパン=糧食関係を入れる物だが、その他日用品も入れられた。
一次大戦、その後のワイマール軍でも使われた雑嚢の改良型で様々なタイプがある。本イベントにおいては著しく色味の違うものは使用不可
また、本イベントでは実際に中に日用品などを入れることを推奨します。
入れる物が無い場合は多少の詰め物をし、ぺったんこにならないようにして下さい。
「Kochgeschirr31:31年型飯盒」
日本では炊飯のイメージが強い飯盒ですが、主として食器として使われました。
グラーシュ(シチュー)などの煮物類の他、あらゆる使い方をしたでしょう。
戦後品に見られる中蓋は当時ありませんので、必ず事前に抜いて来て下さい。
「Feldflaschen31 & Trinkbecher31:31年型水筒 & 31年型カップ」
31年に採用された水筒及びカップ。カップは鉄製の物とアルミ製の物が存在する。
当初黒色に塗装されていたが41年に通達で飯盒とコップはオリーブグリーンに再塗装するように通達が出された。
本イベントにおいてはオリーブグリーン塗装を推奨。
当イベントでは水筒での水分の補給が望ましいですが、ラベルを外したペットボトルを雑のうに入れる等表から判らない工夫をした上での携行は許可いたします。
「Essbesteck :カトラリー(食器)」
一体型でも分離型でもどちらでも可能。その他当時の物らしい私物も可、ですが実際に食事をするので必ずお持ちください。
また写真には無いですが、ドイツ兵の必需品「Taschenmesser:ポケットナイフ」も是非、御持参下さい。
ドイツ軍では通常、パンをカタマリのままで支給します。兵士は食事時間になると、自分でそのパンをナイフで切り、食べます。
当イベントでもパンを支給予定ですが1人分のカタマリで支給致します。br>
よって、参加者は自分でポケットナイフで切って食べるか、ナイフが無ければ、そのままかじる事になるでしょう。
是非ポケットナイフでパンを切って食べる、ドイツ兵の食事を楽しんで欲しいと思います。
※ポケットナイフは様々な形状があり、どのタイプ、と一概には言えません。
当イベントでは特に形状を指定致しませんので、お気軽にご使用下さい。
※なお、ポケットナイフも公共の場での持ち歩きは取締り対象になります。
参加の皆様は、必ず会場までは収納して持参いただくようお願い致します。

Schanzzeug:スコップ/シャベル」
戦前から生産されていたストレート型の物に加え、1938年に折りたたみ型が採用されたが終戦まで両方生産され続けた。
本イベントでは曲単位形状の違う物でなければ、類似他国品等の使用可。
「Gasmasken:ガスマスク&コンテナ」
1930年には布製のガスマスク、38年には面体自体がゴム製のガスマスクが導入された。
またフィルターの大きさも変わりそれに合わせて1942年から以前より長いタイプの収納缶が生産された。
本イベントではロングタイプのみ使用可。
※画像は左が30年型(ショート)、右が38年型(ロング)

その他の職種装備品

「Werkzeugtasche mit Inhalt fuer MG34」(34年型機関銃用工具ポーチと中身)
焼けた銃身を掴む為の耐熱パッドの他、予備ボルト、レンチ・対空サイト・薬莢抜きx2・ラフェテ用レンチ・オイル缶・硫黄パウダー用ケースを収納しています。
本イベントにおいて、中身は問いませんが機関銃手は必ずポーチは身に着けて下さい。
「Patronenkasten34:パトローネンカステン」(34年型機関銃用弾薬缶)
「Patronenkasten41:パトローネンカステン」(41年型機関銃用弾薬缶)
弾薬缶には50発装填された7.62mmモーゼル弾の金属リンクを5~6本収納できました。
なお、中身をすべて埋める必要はありません。弾薬缶は戦後のMG3用や他国物も似ている物は使用を許可致します。
但し機関銃は1挺につき、3名以上で運用し、機関銃手は工具ポーチ、副機関銃手は交換銃身ケース、弾薬手は弾薬缶の装備が必須となります。
また本イベントにおいては機関銃の射撃を現示するのに爆竹を使用します。
爆竹は必ず金属缶の中での発火を義務付けしますので、しれに使用可能な弾薬缶(または違和感の無い金属缶)をご用意お願いします。
無い場合は主催側で用意致します。
「Laufschuetzer 42」(42年型機関銃用予備銃身コンテナ)
ドイツ軍に限らずですが特にドイツ軍の機関銃は連射速度が早く、銃身加熱による弾道の悪化や悪くすれば故障の原因にもなりました。
規定では250発発射するごとに銃身の交換が定められていたそうです。
実際には250発連続で射撃するような事はほとんど無かったと考えますが、指きり等で射撃するにしても銃身加熱は多かったようです。
その為、ドイツ軍の機関銃班は予備銃身を戦闘時にも携行しました。
本イベントにおいても副機関銃手は予備銃身コンテナ(中身は問いません)を必ず携行してください。
「衛生下士官徽章」
衛生下士官の任務は傷病者のトリアージ(治療の優先度を決定、選別)であり、直接の手当て等は通常行いません。
負傷兵は衛生下士官の指示により、後送または現場復帰とされますが、その役目は担架兵が行います。
本イベントにおいては担架兵の再現が困難な為、想定といたします。
衛生下士官は写真の徽章を着用し、本部での行動を行います。
赤十字の腕章、ベスト等は不要です。
「Meldekartentasche 35(35年型書類ケース)
35年に採用された革製の書類カバンで、よくマップケースとも呼ばれますが、地図のみを携行するための物ではありません。 初期はバックル部分が金属製の物でしたが、後に革製バックルへと替わりました。 書類ケースは、部隊指揮官や先任下士官のみならず、砲撃観測員、信号兵、野戦憲兵、伝令兵と幅広く支給されましたが、誰でも持つわけではもちろん無く、必要な役職の兵士が携帯しました。

装備例

基本的な装備の装着例を紹介します。
あくまで一例であり絶対にこの通りと言うわけではありませんが、同時に軍隊は必要性があって統一を求め、兵士を教育する組織である事も事実です。

小銃手装備例
軍隊の基本は歩兵であり、その中でも基本は小銃手です。
WW2当時、戦争の基本は相手の土地を奪う事であり、それができるのは歩兵だけであると言われていました。
逆に言えば戦車も大砲も航空機も、場合によっては空母すら「歩兵を敵陣に乗り込ませる為の支援兵器」と言えるかもしれません。
ここでは1944年貼春頃の一般的なドイツ陸軍歩兵の装備の一例を紹介します。
弾薬ポーチ、雑のう(パン袋)、銃剣、スコップ等装備はそれぞれのストラップを腰の装備ベルトに通し、身に着けます。
さらに水筒、飯盒を雑のうに革製のストラップで取り付けますが、飯盒は後方に残される事も多かったかと思います。
更にガスマスクコンテナのストラップを右肩から左脇を通して肩掛けにし、もう一方のストラップを腰ベルトに掛けます。
後から思えばガスマスクは不要な装備だったと思われますが、当時は第一次世界大戦の記憶も生々しく残っており、主要各国の軍隊は「次もガス戦がある」と言う認識で居たと考えます。
当然、若い兵士達にも毒ガスに関する教育はしっかりと行われており、ほとんどの国の兵士はガスマスクを携行していました。
ツェルトバーン(携帯天幕、ポンチョ)は、必須装備ではありませんが当時の兵士がまんべんなく携行していた物です。

 

 

 

分隊長装備例
分隊長は通常下士官「Unteroffizier」が勤め、MP-40サブマシンガンとその弾倉ポーチの他、双眼鏡、ホイッスル等の他、規定ではワイヤカッターを携行しました。
世界中、あらゆる国の歩兵にとって分隊長は極めて重要な役職です。
指揮官・小隊長の意図を正確に把握し、部下を確実に掌握。
状況に応じた臨機応変な指揮で実際に兵士を動かし、突撃とあらば先頭を切って突入し模範を示さねばなりません。
本イベントにおいては、主催者による指名により、分隊長をやらせています。
また、1943年12月以降の編制においては副分隊長(Obergefreiterないしgefreiter)も同様にMP-40サブマシンガンを持ちました。

機関銃手装備例
機関銃手の装備例です。
機関銃の他、小銃の替わりに拳銃を携行しました。
また、通常機関銃の工具ポーチを携行しました。

副機関銃手装備例
機関銃手の装備例です。
機関銃の他、小銃の替わりに拳銃を携行しました。
また、通常機関銃の予備銃身コンテナを携行しました。

 

 

 


ドイツ軍装備参考作成にあたり、STEINER氏に資料、画像等の提供をいただきました。
また、STEINER氏のwebサイトでは多くの実物被服、装備の紹介や兵士の日常、規定、糧食などについて詳しく解説されています。ドイツ軍装備で参加を予定される方は、是非1読をお勧めいたします。
steiner's web
STEINERのHP

ドイツ軍装備参考作成にあたり、エーデルマン氏のブログを参考させていただきました。
氏のブログ「東部戦線的泥沼日記 ~WW2 German Military Collection」では多くの実物被服、装備の写真、当時の写真、規定などについて詳しく解説されています。是非ご覧下さい。
東部戦線的泥沼日記 ~WW2 German Military Collection

ドイツ軍装備参考作成にあたり、Köpke氏に画像等の提供をいただきました。
ドイツ軍装備参考作成にあたり、戦史研究団体 Lueders Kaserneのpohi氏から助言、資料提供を頂きました。

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